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side神流
「カンナさん」
私を呼ぶ戸惑った声についっと片眉をあげた。
「...なんだ、そのアホ面は」
「どうして、どうしてあなたが」
「...何か文句でもあるのか?」
アラステアは、頭が付いてこないという風にかぶりを振った。
まあ、言ってしまえば至極簡単なこと。
私が姿を消してあの気に障る気取り屋を無力化した。
銃を突き付けていたからまず腕を蹴り上げて狙いを逸らし、そのまま首に足を引っかけ蹴り倒す。
...それだけだ。
「カンナさんが...助けてくれたんですね」
「...ふん」
答えずに、例の気取り屋を見下ろす。
倒れた衝撃で後頭部を強打したらしく、気絶していた。
「...」
隣で心配そうに見下ろすアラステアに、心の中でため息をつく。
「...命に別状はない」
そう言ってやると、露骨に安堵の表情を見せた。
「...なぜこいつの心配をする。...お前はこいつについさっきまで銃を突き付けられていたんだぞ」
「そうですね。...でも、やっぱり死なれるのは嫌なんです」
そういえば、こいつは依頼の時も犯人を見つけるだけでいいと言っていたな。
全く...甘すぎて胸やけがしてきそうだ。
「...生ぬるいことだな」
言い捨てて踵を返すと、パシッと腕を掴まれた。
「待ってください!」
ギロっと振り返りざま睨みつける。
「あ、あの...いくつかお聞きしたいことが」
パッと手を振り払い、向き直る。
「...まずはそいつをどうにかしたらどうだ」
気取り屋のほうを顎でしゃくった。
さすがに放っておくわけにもいかないだろう。
「そうですね。カンナさん、少しの間アドをお願いします」
そう言って私の返事も待たずに駆け出していくアラステアに、もう何度目かもわからない舌打ちをした。
...なぜ私が。
ちらっと見やる。まだ意識は戻っていないようだ。
「......」
しゃがみこんで顔を眺めてみた。
若くはないが、初老というほどでもない...まあ、30代後半くらいだろう。
「...」
まあ、こいつのことなど私の知ったことではないのだが。
「...ちッ」
遅い...何をしている、あいつは。
正直さっさと帰りたいのだが、まだ報酬について話していない以上帰るわけにはいかないことを思い出す。
さっきあのまま帰っておけばよかったか。
あとのことは刹那にでもやらせればいい。
全て刹那に押し付けて帰ってやろうか。
...それもいいな。
「カンナさん!」
...そういうことを思いついたときに限って帰ってくる。
本当に間の悪いやつだ。
「...遅い」
「す、すいません...これでも結構急いだんですが...。自警団がすぐ来てくれるそうです」
自警団...ここではそれが警察の役目も担っているのか。
正直色々なところに飛ばされると、自分の常識と異なることが多々あるためにうかつな発言ができない。
...面倒なことこの上ない。
「あの...カンナさん」
またアラステアが恐る恐るといったふうに声をかけてきた。
返事はせずに視線だけ向ける。
「自警団が来る前に...いくつかお尋ねしたいことがあるんです」
そういえばさっきもそんなことを言っていたな。
私は早く帰りたいのだが。
「隠されていた試作品が...なんで保管庫にあるってわかったんですか」
「...」
試作品の隠された場所。
わかったのは正直半分以上は運が良かったようなものだ。
「...こいつがお前と同じ考えをしていた...それだけだ。運が良かったな」
「僕と...?」
アラステアが首をかしげる。
「...寝惚けているのか?お前は設計図をもはや使われることのないような古いファイルのなかに隠しただろう。それと同じだ」
「えっ!どうしてそれを...!」
...物わかりの悪いやつだな。
「...ちッ。...埃だ」
「埃...?」
「...ああ。他のファイルが全く出し入れされていないような棚のなかで、ひとつだけ埃が払われ出された形跡のあるものがあった。...あそこに隠したと考えるのが妥当だろう。...可能性は薄いが...同じことをこの気取り屋もやったのではないかと考えた。...そして、その通りにあった。...それだけだ」
「...そうでしたか」
予感がなかったわけではないが、かなり勝ちの薄いかけであったことに変わりはない。
...こいつの悪運が勝った、ということか。
「...でも」
ぼそ、とアラステアが呟いた。
「なんで...」
「...?」
「なんで、アドは...僕らの技術を欲しがったんでしょうか。...やっぱり、売るため...なのかな...」
「...」
そんなこと私が知るか。
こいつを尋問でも拷問でもして吐かせるなりしろ。
...だが。
「...証拠も確証もないぞ」
「え?」
「...あの男はあいつなりに...会社の事を思っていたんじゃないのか」
「な、何を言うんですか!そうだったら会社を裏切るようなこと...」
「...それはお前の価値観だ。一つの面で物事を決めつけるな」
「う...」
この気取り屋の目的は、アラステアの知る極秘技術を手に入れること。
「...どうやらお前の会社は頭一つ抜けて製品の質がいいそうだな」
「え、ええ。ありがたいことにそういう評価は頂いています」
「...だがそれを支えている技術は社長のみが受け継ぐ極秘のものである...下手をすれば倒産と隣り合わせの綱渡りだ。...なら、そうならないように社を拡張しようとする者がいてもおかしくはないだろう。...そうなれば、やろうとすることはひとつだ」
「...技術を知るものを...増やす」
「...そういうことだ」
アラステアが複雑な面持ちで俯いた。
...どうやらまだ割り切れないらしい。
「本当に...アドは会社のことを思ってたんですか...?」
「...私が知るか。あいつが起きたら聞き出せばいいだろう。...だが、そうでもなければ試作品の説明がつかない」
「試作品の?どういうことですか?」
「...ちッ物分かりの悪いことだな。先が思いやられるぞ」
「す、すいません...」
「...隠されていた試作品、あれがただ隠されていただけだったことに疑問を抱かなかったのか?...設計図は残っているのだから粉々に叩き壊して破棄でもすればよかったものを」
「あ、そうか...!」
こいつ...本当に疑問を抱いていなかったとは。
「...お前たちが昼夜を問わず必死で改良を重ねたものがあの試作品だろう。もし...会社のためを思っていたとするならば、お前たちの努力の結果であるそれを自ら破壊することができなかった、といったところか」
「...アド...」
アラステアは未だ目を覚まさないアドルファスの傍に座り込んだ。
...極秘、か。
正直なところ、秘密というのは厄介な代物だ。
大した理由のないものから、知れば後悔するようなものまである。
頭に、寝食を共にしている者たちが浮かんだ。
...私を含め、あまり多くを語りたがらない者たちの寄せ集めだ。
特に顕著なのは刹那、あれは知っていることの方が少ない。
まあ他人のことにとやかく口を出したり介入したりするのは面倒で嫌いなので、探ったりはしないが。
私は端末を開いた。
もう報酬の話などする気にならないので、刹那にすべて押し付けようと思ったからだ。
この端末も最低限の通信はできるようになっており、刹那へメールを送れるようになっている。
《やるべきことはやった。雑用はそっちでやれ》
手早く打って送信、すぐに刹那から了解の意を示す返事が返ってきた。
...これで後は帰るだけだ。
そのタイミングで、遠くから複数の足音がした。
どうやらようやく自警団が来たようだ。
「あ...」
「...ようやく来たか」
やっとこの面倒な任務も終了か。
全く...性に合わないことをするものじゃないな。
後ろでアラステアが立ち上がった気配がする。
「あの、カンナさん」
「...なんだ」
振り返ることなく相槌を返す。
「一番言わないといけないことを言い忘れていました。助けていただいて...本当にありがとうございました」
「...助けたつもりはないぞ」
「いえ、僕は貴方に助けられたんです。アドに脅されて連れ去られかけたとき...僕は死を覚悟してました。それが僕らに課せられた役目でもあるから」
「...」
「あなたが助けてくれたから、僕はこうして生きていられるんです」
「...そうか」
姿は消していたが、私もその場面は見ていた。
「会社もつぶれずに済んで...僕らの技術を必要としてくれてる人たちに、これからも手助けができるのもあなたのおかげです」
「...やめろ、そんな柄じゃない。...それにこれからお前たちは試練を迎えることになるぞ」
「ええ、わかってます。...アドもいなくなって...世間に今回の事も知られるでしょう。...でも、乗り越えていきますよ。僕と、皆で」
そこで初めてアラステアの方に向き直る。
思っていた以上にまっすぐな目がこちらを見ていた。
「カンナさんが見つけてくれたあの試作品、あれは...義眼の試作品だったんです。それも、"視力を宿す"義眼の」
「視力を宿す...義眼...?」
「...最近、怪我する人が増えてて。視力を失ってしまう人も少なからずいます。そんな人たちを助けたいんです」
視力を宿す義眼。
...それが実現されれば、私たちの世界ではノーベル賞ものだろう。
現状失われた視力を戻す方法は存在しない。
「...まあ、せいぜい足掻くことだな。...お前はまだまだ未熟だが、素質が全くないわけではない。...そうでなければ私が助けてやった意味がないのでな」
「!!」
「...私を失望させるなよ、アラステア」
「...ッ!はい!カンナさん!」
それ以上その場にいる意味はもうなかった。
今度こそ端末から《帰還要請》を送り、私はその世界をあとにした。
「お疲れ様でした、神流。さすがの手腕です」
目に悪い光が収まり、目を開けて最初に見えたのは刹那の薄ら笑いだった。
「...二度とごめんだ。こんな依頼これ以後私に回すな」
「ふふ、ごめんなさいね」
全く、こいつのいけ好かなさときたら。
真意も本音も読み取れない、どこまでも能面のような薄ら笑いを常に浮かべている。
「...全く、よくもこんなふざけた依頼を」
「たまにはこういうのもいいかなと思いまして。人に感謝されるというのは嬉しいものでしょう」
「...柄にもないことをさせるなと言っているんだ」
「あら、謙遜しなくていいのですよ。あなたはとても優しい人なんですから。そうでなければあの依頼人の彼の成長を促すようなことはしないでしょう」
ぴた、と足を止める。
「...なんのことだ」
「だって。あなた彼がさらわれそうになったとき、あえてしばらく様子を見たのでしょう。なぜすぐに助けなかったのです?そうすれば早く帰れて楽だったでしょうに
」
...それは事実だ。
正直、あいつが社長室から出された段階でその場にはいたのだ。
だがすぐには手を出さなかった。
アラステアのトップとしての気概を試し、そして自覚させるのにちょうどいいと思ったからだ。
あの場でどんな判断をするか、どんな対応をするかで未来があるかどうかはわかる。
なんとなくそれを見極めたいと思った、ただそれだけだ。
「...お前に答える義理はない」
「ふふ。ではそういうことにしておきましょう」
愉快そうに笑う刹那に、もう何度目かもわからない舌打ちをした。
...本当にいけ好かない。
特に、この人の内面を見透かそうとするようなところが。
「...どうでもいいだろう。私は部屋に...ん?」
ギロ、と刹那のほうを睨んだ時、その肩に何か白いものが見えた。
つかつかと歩み寄り、手を伸ばす。
さすがに刹那も驚いたように数歩後退るが構わず距離を詰めてそれをつまみ上げた。
「...羽根...?」
それは、真っ白な羽根だった。
手触りもよく、特に傷もない。
「...なんだ、これは」
「...さあ。さっき外に出た時についてしまったのかもしれませんね」
ちら、と刹那の顔を見やる。
相変わらず読めない表情だ。
私は本日最後の舌打ちをすると、羽根を投げ捨て部屋を後にした。