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「あっ斎希ちゃん!あのお店行ってみようよ!」
「ほら双葉、あまりはしゃぎすぎると危ないわよ」
ぐいぐいと斎希ちゃんの手を引っ張っていろんなお店を見て回って、だいたい一時間くらいが経っていた。
かわいい服に、アクセサリーに、見たこともないようなもの...見ていくだけでとっても楽しい。
はしゃぎすぎて、何度斎希ちゃんに「こら、走らないの」と子供のような注意を受けたかわからないくらい。
燿ちゃんの苦心の末の提案に、誰よりも最初に大喜びしたのはわたしだった。
だって!本当に久しぶりのこういうお休みの日のお出かけなんだもの!
普段はこういうお買い物は、燿ちゃんが絶対嫌がるというか、絶対やらせてくれない。
「無駄遣いの権化!」
でも、今回は燿ちゃんから許可出てるからね!
っていうより、燿ちゃんの提案なんだから、心配はいらないってこと!
「ねえねえ、このお洋服斎希ちゃんに合いそうだよ!」
「そうかしら。普段着物ばかりだから、あまり自信がないのだけれど」
「大丈夫だよ!ね、試着させてもらお!」
色んなところでいろんなことに斎希ちゃんを引っ張りまわしてるけど、斎希ちゃんは時々やんわりとわたしをいさめるだけで付き合ってくれる。
やっぱり斎希ちゃんは大人だなあ...。
時々ちらっと後ろを見ると、十六夜ちゃんが頭を抱えてる燿ちゃんの肩に手を置いていたり、刹那ちゃんがそれをみて微笑んでたりする。
燿ちゃんの提案で大喜びしたわたしは、すぐにでも行こうと皆を急かした。
そして、それは刹那ちゃんも一緒。
笑顔で「楽しんできてくださいね」なんて言って部屋に戻ろうとするから、かなり強引に刹那ちゃんも一緒がいいとねだって、無理やり連れてきちゃった。捺波ちゃんにはさすがにお留守番してるって言われちゃったけど...。
そういえば、ここは前に斎希ちゃんが刹那ちゃんにお願いされたお仕事できた世界らしい。
わたしたちの世界とは全然違って、魔法とかが当たり前の世界みたい。
だからこそすごく楽しいんだよね!「そうそう、双葉。行きたいお店があるのを思い出した」
「え?」
十六夜ちゃんが両手に荷物いっぱいで燿ちゃんを慰められなくなったころ、斎希ちゃんがぽんと手を打った。
ちなみに燿ちゃんは半分くらい失神してたよ。
「以前来たときにね、着物のお店があったの。そこの店員さんに友人を連れてまた来るっって約束したのよ」
「え、本当?どこどこ?」
「確かこっちの方だったかしら」
わたしの手を取って歩いていく斎希ちゃんは、なんだかお姉さんみたい。
わたしにお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなあ。
でも燿ちゃんもお姉ちゃんみたいなときあるけど、なんかちょっと違うかも...。
「どんなお店なの?」
「ふふ。可愛い店員さんがやっているの。生地もとても上等だったわ」
「へー!楽しみ!」
きゃっきゃっと話しながら斎希ちゃんのあとをついていく。
歩くだけでこの世界は楽しいから、全然飽きない。
「あ、見付けた。ここよ」
ぴたっと斎希ちゃんが立ち止まったところは、出入り口は少し小さめのお店だった。
けど、お店の前には素敵なお着物が飾ってあった。
見るからに上等そう...お着物には全然詳しくないけど、なんかこう...高そうだなあって感じの見た目。
触っていいかな...怒られちゃうかな...。
斎希ちゃんはわたしの手を離して、お店の中を覗いている。
ちょっとくらいならいいよね...と、そーーっとお着物に手を伸ばした。
「あーーーーーーーーーー!!」
「きゃあっ!ごごごごめんなさい!」
突然の女の子の叫び声。
わかりやすいくらい飛び上がったわたしは、思わず謝ってぺこぺこと頭を下げてしまった。
やっぱ触っちゃだめだった...!!
「あの時のお姉さん!来てくれたんだね!」
...へ?
ぽかんとしてあたりを見回す。
斎希ちゃんはお店の中に入ってしまったらしいし、特に周りに声の主らしき人はいない。
そっとお店の中を覗いてみると、奥の方で斎希ちゃんが立っているのが見えた。
「約束したもの。それに、私もまた来たかったの」
ああ、斎希ちゃんと話してたのか...びっくりした。
店員さんは斎希ちゃんに隠れてよく見えないけど、明らかに斎希ちゃんより年下って感じの背丈。
わたしより小さいんじゃないかなあ...?
斎希ちゃんが振り返って覗き込んでいたわたしのほうを見た。
「紹介するわね。彼女が双葉、私の大切な友人よ」
「へ?」
すっとんきょうな声が出てしまい慌てて頭を下げる。そしたら思いっきり角に頭をぶつけてしまった。いたいぃ...。
「初めまして!ようこそいらっしゃいました!」
頭をあげてみると、やっぱり少女くらいの背丈の女の子がキラキラとわたしを見つめていた。頭から動物の耳のようなものがぴょこんと出ている。獣人さんかあ、かわいい。
でも店の中を見回しても、親御さんらしき人は見当たらない。
「このお店、あなたがひとりで切り盛りしてるの?」
「パパとママは今買い出し言ってるから今はひとりだけど、いつもお手伝いしてるからやり方はわかるんだ!」
なるほど、こんな小さいときからお父さんとお母さんの手伝いなんて立派だなあ。わたしなんて...なんて?...小さいとき、わたしどうしてたっけ?
なんか、頭にもやがかかったみたいで思い出せない。
本当に小さな時のことは思い出せるのに、ある時を境になにも思い出せなくなる。「双葉?双葉、どうしたの?」
斎希ちゃんの声ではっと我に返る。
「あっご、ごめん。ぼーっとしてた」
「あちこち回ったから疲れたのかもしれないわ。少し休む?」
「えっあ、ううん!平気!むしろまだまだ満足してないもの!こんなチャンス次いつあるか...」
自分は元気だとアピールしようとぴょんぴょん跳ねてみる。ショッピングなんて燿ちゃんが許可してくれないとできないからね。
「おねえちゃん、疲れたのならちょっと奥で休んでいくといいよ!冷たいもの出してあげるから!」
「あら。でもお店が空いてしまうけれど、大丈夫なのかしら」
「へーきへーき!ここの人たちはみーんな自分の気分で開けたり閉めたりするし、わたしもそろそろお腹すいてきたからね!外のお友だちも呼んできて!」
お友達。なんだかくすぐったくて、ふふっと斎希ちゃんと笑いあう。私たちが出会ってから、結構な時間が経っていた。色々あったけど、端からみたら友達って言われるくらいにはなれたんだなあって。
「じゃあ、せっかくだし...ご一緒させてもらおうかしら。ね、双葉。そのあとによければ着物も見せてもらいましょう?」
「うん!じゃあ皆呼んでくるね!」
浮き足だって後ろを振り向くと、燿ちゃんたちが通りを挟んだ反対側で休憩しているのが見えた。おーい!とぴょんぴょん跳ねながら手を振ってみるけど、距離も離れてるし行き交う人たちの賑やかな話し声にかき消されて届いていないみたい。しょうがない、呼びに行っちゃおう。
通りを歩く人をすり抜けて燿ちゃんたちに近付く。見れば燿ちゃんが目を白黒させながら恐ろしい勢いで帳簿をつけ、時折倒れそうになって十六夜ちゃんに叩き起こされている。
「おーい!」
わたしが近付いていくと、十六夜ちゃんがわたしに気付いた。
「お、双葉。もういいの?」
「...これが約1万円、こっちは5000円...んでさらに着物...着物の相場いくらだっけ...ああぁ...」
「よ、燿ちゃん...。あれ?刹那ちゃんは?」
「ああ、なんか気になる店があるとか言ってたからそこ行ったんだと思うよ。それより双葉こそ斎希は?一緒じゃないの?」
「そうそう!斎希ちゃんが仲良くなったお店の人が、お昼御飯一緒にどうかって言ってくれたの!だから皆を呼びに来たんだ」
「なるほど、そういうことならお邪魔しよっか。ほら燿行くよ!」
「.........」
「よ、燿ちゃん...!」
フラフラしている燿ちゃんの身体を支えながら、大通りを横切ろうとした。
大通りの真ん中あたりまで来たそのとき。
「きゃあああああ!!」
「人が!人が刺された!」
「助けて、だれかー---!!」
「!?」
突如として悲鳴が往来の向こうから聞こえた。
あの声、ただ事じゃない。
思わずそちらを見やると、向こうの方で何やら人が倒れているのが見えた。
そして、人をかき分けて走ってくる人影。
その手には、真っ赤になった大きなナイフが握られていた。
人影はまっすぐこっちに走ってくる。
その人はわたしに向かって手を伸ばし―――。
「来るな!き、きたら…この小娘がただじゃすまないぞ!」
腕をぐいっと引かれる感触がしたと思ったら、わたしの首にナイフが押し当てられていた。
「う…ッ!」
ぎりぎりと握られた腕が痛い。
思わず顔をゆがめてしまった。
「双葉ッ!」
騒然とする雑踏の中で燿ちゃんの声が悲鳴のように響いた。
「燿だめ!今下手に動いたら双葉が!」
見れば燿ちゃんを十六夜ちゃんが引き留めている。
お店の方では斎希ちゃんも出てきていて、悔しげに刀に手をかけている。
どうしよう…十六夜ちゃんや燿ちゃん斎希ちゃんならまだしも、わたしじゃこの人をどうこうできない…。
なんとか、なんとか少しでも隙を作るしか…。
男はわたしを連れたままじりじりと後退っていく。
ナイフはわたしにつきつけられたままだ。
「双葉!」
「動くなよ!ち、近づいたらこの娘殺すぞ!」
逆上したのかよりナイフをわたしに押し付けてくる。
ふいに、ナイフから血がしたたり落ち、わたしの手にぽたりと垂れた。
つつ、と流れていく真っ赤な血。
それを見た瞬間、頭を殴られたような衝撃が走った。
いや、その表現は正しくないかもしれない。
むしろ頭の中で爆発が起きたような。
屋敷の中、悲鳴、襲ってくる男、恐怖、何かを突き刺したような反動。
一瞬のうちにおびただしいビジョンが脳内を駆け巡る。
そして、最後に見たのは。
血に塗れて真っ赤になった自分の手と、目の前の頭から血を流して倒れているひと。
あ、あ、あ、あ。
ああああああ
がくがくと身体が震えだす。
いや、いやだ、なにこれ、しらない、しってる、こわい、やめて、わたし。
「いやあああああああ!」