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side刹那
私の言葉に、全員が絶句した。当然だろう、あの朗らかで明るい双葉が、過去にそんなものを体験していたのだと言われたら、誰だって同じ反応をする。だがしかし、これは確固とした事実。
「ご、強盗…殺人…?」
「あの双葉が…そんな目に遭っていたというの…?」
「嘘だろ…マジかよ…」
「…そんな」
それぞれが愕然としたように言葉をこぼす。
「信じられないでしょうが…事実です」
燿がよろめくように十六夜の隣に座り込む。彼女は双葉をとても大事に思っていたのだから、そのショックは大きいことだろう。私も、それを知った時は驚いたものだ。
できることならこれは言わずにいたかった。とても気持ちのいい記憶とはいえないし、そもそも人の過去を勝手に人に話すのも気が引けた。でも、こうなってしまった以上は話すしかない。私は覚悟を決めようと軽く深呼吸をすると、順を追って話し始めた。
「実は…『双葉』は彼女の本名ではないのです」
「ええっ!」
一等先に十六夜が素っ頓狂な声を上げる。
「ええ。…『双葉』というのは私が仮に付けたもので、彼女の本名は日田澪花(ひだみおか)というのです」
「ひだ、みおか…」
捺波が釈然としなさげに繰り返す。
「…名前も違ったのかよ」
「…いったいなにがあったというの」
色々と説明すべきことはあるが、いったんそれらは脇に置く。
双葉の出自は、日田家という資産家のご令嬢。お母様は双葉を出産してすぐなくなり、お父様との二人暮らしだった。一人娘であったことと身体がそれほど身体が丈夫ではなかったことなどが相まってあまり外に出されずに過ごしていたらしい。そんな彼女が事件に巻き込まれたのは彼女の誕生日だった。毎年双葉の誕生日は、お父様と使用人の方がみな集まって祝っていたそうだ。
その日も、双葉の9歳の誕生日パーティーのための準備をしていた。そんなときに、外から強盗が入ってきてお父様…日田洋次氏が殺された。まだ幼かった双葉は偶然その場におらずなんとか難を逃れたが、結局犯人は捕まることはなかった。
「これが、対外的に流された事件の話です」
「たいがい、てき…?」
「ええ、その通りです。この話には、隠されていることがあるのです」
私は言いながらちらりと燿を見やった。今から話す話は、彼女にきかせるにはあまりにも…。燿は私の視線に気づいたようだった。
「…私にゃきかせらんねーってのか」
「否定は、しません。…あなたが聞くには、辛すぎる話です」
私の言葉に燿の視線が少し泳いだ。きっと逡巡しているのだろう。自分で言うことでもないが、私がここまで断言することは少ないから。
「…いい、きかせろ。双葉に…なにがあった」
「いいのですね。忠告は…しましたよ」
「わかってる。でも…双葉のことから目をそむけていく方が癪だからな」
燿らしい言葉に、少しだけ笑みが浮かぶ。彼女にその覚悟があるならば私が言うことはなにもない。
「わかりました。ではお話ししましょう。あの子の…隠された記憶の話です」
双葉の家で起きた、強盗殺人。彼女の世界では有名な事件だ。それは、娘一人を残して親が殺されたという悲劇性によるものだけではない。その事件そのものが未解決であるからだ。家族団らんの場に乱入してきた招かれざる客。それによって打ち砕かれた家族と、一人残された娘。話は一見単純に見えるにもかかわらず、未解決となった。
「…犯人が見つからなかった、ということかしら」
斎希の指摘に首を横に振る。
「いいえ。強盗の犯人はわかっています。捜査のはじめからね」
「え、でも刹那さっき未解決って言ってたじゃん」
「ええ。この事件は未解決です」
「…?どういう、こと…?だって、強盗殺人で…」
首をかしげる十六夜と捺波の横で、燿がはっと顔をあげた。
「まて、強盗殺人で『強盗はわかってる』。…じゃあ、まさか…」
さすがは燿だ。核心に気付くのが早い。
「その通りです。『殺人』の犯人がわからないのです」
「でも強盗の犯人はわかっているのでしょう?普通は同一人物によるものと考えるのが妥当だと思うけれど」
斎希も鋭い指摘をする。
「ええ。ですが今回はそこが込み入っているのです。この事件で犠牲になったのは双葉のお父様と…強盗に入った者の2人なのです」
4人の目が見開かれた。
「警察が来た時、現場の様子は相打ちを思わせるものでした。部屋には争った跡があり、お互いがお互いを殺めたものを手にしていた。押し入ってきた強盗が家族と鉢合わせ、争った後に相打ちとなった…事件は単純に見えました」
そうであったら…どれだけよかったのだろう。
「しかし、捜査が進むにつれて少しずつおかしなところが露見していったのです」
お父様を殺した凶器は、当初は強盗のそばに転がっていた割れたツボだとされていた。逆にお父様のそばには強盗を殺した重い大理石の置時計が落ちていたことから、これが凶器だと目された。検死の結果、強盗はほぼ即死、日田氏のほうは殴られてから少しだけ息があったことが判明した。そこから、おそらく背後からツボで殴られた日田氏が置時計で反撃し、強盗が死亡。少しして日田氏も息を引き取ったのだと考えられていた。
しかし、更に詳しく調べた結果、どちらも置時計で殴られたことが致命傷だということがわかったのだ。
「え?それのなにが問題なの?双葉のお父様が殴られた後に、力を振り絞って時計を奪い取り反撃したと考えれば何も…ツボは争った時に割れたとすれば辻褄もあうはずよ」
斎希の疑問に私は首を振る。それは当然当時の警察も考えた。しかしその説を打ち砕くものがでてきたのだ。それはお父様の腕時計だった。こちらも時計は壊れて止まっており、置時計同様殴られた際に壊れたものと考えられたが、その時計が指す時間が置時計の時間よりも10分ほどあとだったのだ。
そうなれば、日田氏が先に殴られたという話が揺らいでくる。さらに、彼には異なる2つの傷があり、致命傷ではなかった方の傷はツボによるものだったと判明したのだ。これにより、強盗が置時計で殴られ死亡したあとに日田氏も置時計によって死亡した、つまり第三者がいた可能性が浮上したのである。
「なるほどね…複雑な事件ってのはよくわかったわ。でも、今のところ双葉はあんまり関係なさそうな気がするのだけれど」
「そうですね、ここまでは。…ただ、この事件はまだまだ続きがあるのです」
捜査が進んでいくうちに、一人の男が逮捕された。逮捕されたのは日田家の執事。この執事はもうひとりのメイドとともに現場を発見した第一発見者であった。
彼の罪状は証拠隠滅罪。凶器と死体を移動させたことによるものだった。
「移動…?執事が凶器と死体をわざわざ移動させたってのか」
「そうです」
それまでの彼の話は、「大きな物音がしてメイドと一緒にダイニングに行ったら、日田氏と強盗が倒れていた。他には誰もいなかった」というものだった。これはメイドも同様の証言をしていたことから裏が取れているものと考えられていた。しかし、これが虚偽であったというのである。
そもそものきっかけは強盗の身体に残った刺創だった。強盗の右腿に、何かで刺されたような傷跡があったのである。凶器は食事に使われるシルバーのナイフであり、現場から発見されていた。そこからは日田氏の指紋が検出されており、ツボで殴られた日田氏が強盗と争った際に日田氏がとっさにテーブルに準備されていたシルバーを取って刺したのだろうと考えられた。
しかし、警察は傷の位置が腿とやや低い位置にあったことに疑問を持った。強盗と日田氏の体格はそれほど差はなかったため、日田氏が先にツボで殴られてよろめいていたとしてもナイフの傷は腹部より上にあるのが妥当であろうと考えられたからだ。そこからいろいろと調べていったところ、日田氏と強盗の遺体から死後に動かされた痕跡が発見されたのだ。これにより、第三者の存在が確定され、関係者の洗い直しが始まったのである。そして、ほどなくして浮上したのが執事だった。救急車と警察を呼ぶようメイドを追い払った彼には現場に細工する時間があった。
警察は当初、執事に殺人の嫌疑をかけていた。しかし、殺人が行われた瞬間であろう「大きな物音」がしたタイミングではメイドと一緒にいたためすぐにその容疑は晴れ、代わりに現場工作の疑いがかけられた。執事は今度は素直にそれを認めたのだ。
「執事は、現場に手を加えたことはすぐ認めました。しかしその理由に関しては長らく口をつぐんでいたのです。ところが…しばらくして、供述する代わりにとある条件を提示したのです」
「…じょう、けん?」
執事が提示した条件。それは「これから自分がしゃべることを一切外部には漏らさないこと」だった。そして警察はその条件をのみ、執事はすべてを話したのだ。
執事とメイドが部屋に駆け込んだ時、確かに強盗と日田氏はこと切れていた。しかし、置時計は強盗のそばではなく日田氏のそばに落ちており、そして日田氏は割れたツボとは離れたところに倒れていた。メイドよりもわずかに先に入った執事はメイドを追い払い、割れたツボを日田氏殺害の凶器に見せかけようと日田氏の遺体をツボのそばまで移動し、置時計を今度は強盗のそばに置いたのだ。
すべては…彼らが部屋に入った時になかにいたとある人物…第三者をかばうためだった。
その人物とは…右手にシルバーのナイフを握り返り血で真っ赤になった…日田氏の一人娘、日田澪花。つまり、双葉だったのである。