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丸く収まったようにみえたものの、本当に大変なのはその後からだった。
双葉は頻繁にフラッシュバックに苦しみ、その度に私や近くにいる人間が落ち着かせる。なにがトリガーになるかわからないからこれまで双葉と斎希が分担していた家事はすべて斎希がやるようになった。包丁なんて危なくて使わせられないから双葉がキッチンに立つこともめっきり減った。とにかく、フラッシュバックさせないように、そしてしてしまった場合はなにがトリガーになったかをわかる範囲でまとめ共有する。
でも、結局完全に防ぐことなど無理で、双葉は毎日毎日新たなトリガーでパニックに陥っていた。
正直、何かしている間でも双葉のことが気がかりで気が休まるときがない。 それになによりパニックになっている双葉の姿を見るのがただ辛かった。
刹那にそれとなくもう一度双葉の記憶を封じれないかと打診したこともあったが、刹那は悲しそうに、一度溢れた記憶をもう一度抑え込み直すのはほぼ不可能だと言うだけだった。
「くそっ…!」
自室で壁をぶん殴る。 さっきも双葉はパニックを起こし、なんとか私と十六夜と斎希で落ち着かせたところだった。
考えても仕方ないことだけど、どうしてあの日あのときさっさと双葉を守ってやんなかったのか、なぜ金の計算なんてして双葉から離れていたのか。もしあのとき私が近くにいてやれば双葉は…そんなことを日々ずーっと考えていた。
双葉のパニックを起こした時の怯えきった顔と、かつて守れなかった妹の顔が重なる。
「…ははっ…私はどうしてこうも学ばないかねぇ…」
がっくりと項垂れたとき、 ドアがコンと一度ノックされた。
「燿。今少し…よろしいですか?」
刹那だ。こいつが自ら出向いてくるのは珍しい。おそらくというか、ほぼ確実に双葉のことだろう。扉を開けてやると、思いの外深刻そうな面持ちの刹那が立っていた。
「…刹那か。わざわざ来るなんざどうかしたのか」
「ええ。双葉のことで。既に皆さんにも集まっていただいていますので、広間へ来ていただけますか?」
「双葉の…?」
「はい」
「…わかった、すぐ行く」
ちょいと身支度をし直して広間へ向かうと、確かに他のやつらは全員来ていた。
「あら、燿。あなたも呼ばれたの?」
「ああ。双葉の事でってな。十六夜と捺波もか?」
「…うん。双葉の事…心配、だから…」
「あたしも右に同じく。刹那からは少し待っててくださいって言われてるからさ、とりあえず燿も座りなよ」
すっと十六夜がソファーの隙間を開けてくれたので、いわれるままにどっかりと座る。
それと時を同じくして、広間のドアが開く音がした。
「お待たせいたしました」
刹那の後ろに、双葉も立っている。寝間着にカーディガンという出で立ちだ。
「双葉!?」
思わず立ち上がって双葉のもとに駆け寄った。双葉はついさっきパニックを起こしたばかりで、てっきり自室で休んでいるものと思ったのに、なぜこんなところに。
「おい刹那。双葉まで連れてきていったいどういうつもりだ」
睨みを利かせて問い詰めれば、刹那は目を細めて頭を振った。
「お気持ちはわかります。私とて同意見です。ただ…この場を設けてほしいと言い出したのは、双葉なのです」
「なんだって…?」
双葉を見やれば、そうだと首肯し私に座るよう促している。そういわれれば(言ってはいないが)逆らうわけにもいかず、おとなしくソファーに腰掛けた。
「皆さん、お集まりいただき恐れ入ります。先ほども申し上げた通り…双葉から皆さんに話したいことがあるそうです」
「ワタシたちに…?」