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side燿
斎希を見送り、軽くため息をつく。
それを見てとったらしい刹那の声が後ろから聞こえた。
「嫌ですか?」
「...別にー」
自分の手を見つめながら適当に答える。
カタカタと刹那がコンピューターに何かを打ち込んでいる間、意味もなく手を帯電させた。
バチバチという音とともに手がほんのりと蒼白く光る。
「あなたなら大丈夫です」
打ち込み終えたらしい刹那が励ましてくる。
「今回は、機密情報を漏洩を防ぐというのが目的です。第一目的は、ターゲットが持っているUSBメモリー。どうやら肌身離さず持っているらしく、奪還が困難だったがゆえの依頼です」
「機密情報ってなんだよ」
「それを私が知っていては機密情報にならないでしょう」
「嘘こけ。絶対知ってんだろ」
くすくすと笑う刹那に流し目をくれてやりながら、ため息をつく。
こいつはこんなことを言いながらも、ある程度までの情報は手に入れてるに違いないのだ。
刹那が斡旋してくる依頼は、別に早いもん順に上からってわけじゃない。
こいつ独自に徹底的に調べて、そのうえで私らにやらせている。
リスクを負うような場合はなおさらだ。
つっても一体どうやって情報を手に入れてくるのかはさっぱりわからんし、知りたいとも思わないのだが。
「まあ、私が知る限りでよければお伝えしましょう」
ほーらみろ、やっぱり知ってる。
「どうやら横領関係の情報のようですね。どうやら今回のターゲットの人物は汚職をしていたようで、その証拠となるデータを隠しているそうです。ただ、その汚職内容は各方面にかなり影響を与えるものであるらしく、公にされては困るために秘密裏に手に入れたいんだとか」
「うーわきな臭いハナシですこと」
汚職は良くないと思うし横領なんて断罪されて当然だと思うけど、できれば関わり合いになるのはお断り申し上げたい事案だ。
まあもともと無関係なんだけど。
「なので、まず第一にUSBを手に入れてください。それからは…おわかりですね」
「…」
ふい、と目を逸らす。
刹那はまたあの食えない能面ヅラに笑みを浮かべ、私の方にそっと触れた。
「大丈夫です、あなたなら」
そして私に荷物を手渡し、転送装置に乗るよう促した。
「口先だけで励ますだけならタダだよな」
ぼそっと呟いて乱雑に荷物をポケットにしまい、言われるまま転送装置に乗る。
すると、刹那が作動させたらしい機械音とともに、次第に装置の光が強くなっていく。
「本心ですよ。それでは、お願いします」
刹那の声が聞こえたかと思うと、次の瞬間まばゆい光。
思わず目を閉じ腕でかばう。
いつも思うけどこれ絶対目に悪い。
「...」
腕やまぶたすらすり抜けてきていた光が少しづつ引いていく。
そっと目を開けると目の前には全く違う景色。
光にくらんだ目にはあまりよく見えないが、どうやら夜みたいだ。
遠くに明るい摩天楼が見える。
かなりの大都会で、ここからだと5キロくらいか。
はあ、とまたため息をつくと情報を確認すべくコンピューターを起動する。
現在地やらここでの常識やらがご丁寧にまとめられている。
そこにおいてはぶっちゃけ特筆するようなことは今回はなさそうだ。
ページをスライドする指が、ふっと止まる。
写真と個人情報があった。
顔も名前も見たことのない人の。
数秒間それを見つめ、意を決してコンピューターを落とすと摩天楼の明かり目指して飛んだ。
私の機動力をもってすれば、5キロ程度の距離なら秒だ。
比喩に非ず、マジで秒。
2.3秒後には高層ビルの屋上の手すりの上に立っていた。
...暗い。
いやまあ夜だから当たり前ではあるが、人探しにはとてもおあつらえ向きとはいえない。
摩天楼の明かりは、意外にも辺りを照らしてはくれないらしい。
遠くからだとあんなにピカピカ眩しいのにな。
さて、どうすべきかと頭を巡らせる。
まずは職場の割り出しだ。
暗いのだから顔の識別はそれほど当てにはできないし、正直こんな広いビル群のなかから人ひとり探し出すなんて気が滅入る真似はゴメンだし。
そしてあまり人にも聞きたくない。
もう一度コンピューターで写真を見た。
オフィスの窓際で仕事をする男の背景に何やら高いビルが写っている。
なんの変哲もないただのビルだけど、これを頼りにするしかないか。
モニターを閉じ、立っていた手すりから普通に一歩踏み出した。
その先に地面などないのだから私の身体は物理法則に従い落下する。
「とりあえず、あっち」
落ちながら適当にいく方向を決めると、今度は物理法則を無視してすっ飛んだ。
ビルの間を猛スピードで駆け抜けるって意外と悪くない。
アメリカの赤い某ヒーローの気持ちが少しわかった。
適当に進み、さっきのようにビルの屋上のフェンスに着地した。
もう一度モニターに写真を表示し、目の前の景色と照らし合わせる。
...ダメだ、わかんね。
適当に進んだのがマズかったか...。
頭を抱えて、その場でしゃがみ込み頬杖をついた。
ぼんやりとモニターの写真を眺めるが、ビル以外特に手掛かりがありそうにない。
でもそうなるとこの広大なビル群からこの写真に合う場所を探し出す羽目に...。
「んがーーーーーー!」
発狂して髪をかきむしると、後ろで扉が開く音がした。
「誰だ!」
「げっ!」
どうやら守衛がさっきの声を聞きつけてやってきてしまったらしい。
「キミ!いったいどこから入ったんだ!とにかくそこは危ないからこっちに来なさい」
「あ、いやー...」
空から来ました、とでも言ってやろうかとも思ったがいい言い方が浮かばずその場でにょごにょご呟くしかできなかった。
「まずはフェンスから降りなさい。話はそれからだ」
そういえば、私今on the fenceか。
もはやそのレベルである。
だって足滑らせたって飛べるから死なないし。
守衛はじりじりとこっちに来る。
あー...明らかアホやったなー...。
こうなってしまってはもう逃げる手段は一つしかない。
「えっと、まあ。気にせんといて下さーい」
そう言いながらフェンスを蹴った。
当然、地面のない外に。
青ざめて駆け寄ってくる守衛の顔が一瞬にして上に消える。
そして私は別の場所の屋上へ移動した。
人になんて見られない。
人が目視できるような速さじゃないし。
そこからさっきの所を見ると、守衛が慌てふためいてなんかしているのが見える。
やー、見つかる気はカケラもなかったんだけどなあ、ごめんごめん。
心の中で謝り、また探すべく移動を始めた。
そして、数時間後。
「...マジで勘弁だって...」
私は激しい脱力感に襲われることになった。
だって...。
探してたビル、一番最初に着地したビルだったんだもん...。
空を見れば軽く白んでいる。
ここに着いたときは真夜中。つまりそういうこと。
そんなになるまでずっと探して、あまりに見つからなくて途方に暮れて戻って来たらそこが目的地って漫画でしかお目に掛かれないよ。
自分の体たらくに腹が立つ。
とはいえ、腹を立てていても仕方がない。
さっさとこんなだるい仕事終わらせちまおう。
気分も乗らないし。
もう何度見直したかわからない写真をもう一度見直す。
バックに写っているのは今いるビルだ。
つまりこの男がいるのはこの向かい。
次は写真の角度とかから細かい居場所の特定。
対岸のビルに移って観察開始。
写真はほぼ正面から撮られているし、ビルも綺麗に正面だ。
よってこの向かい合っている面のどこかということだ。
そして、写真ではビルの上部が見切れているから真ん中らへんで...。
んでもって写真の端に観葉植物があってー...。
窓がでっかくてー...日差しがきれいでー...あー...えー...。
「あぁぁぁぁぁだりぃぃぃぃぃぃ!」
なんだこの細々したバカかったるい作業は!
こんなことするくらいならしらみつぶしに探した方が早いってーの!
冗談はさておき、ちゃんと探さなければ。
日が登り、次第に人通りも増えている。
夜ほど自由には動けないし、これからどんどん動きが制限されていく。
早く見つけないと...あ、そうだ。
コンピューターのカメラ機能を起動し、ズームする。
これで多少双眼鏡の代わりにできる。
え、ビル探してる時から使えって?
うるせー!暗かったし思い付かなかったんだからしゃーねーだろ!
人の顔が認識できるくらいまでズームして写真の写り具合から適当に目星をつけた付近の窓を覗いていく。
でもまだ早い時間のせいか、中には人がまばらにいるだけ。
確か写真には観葉植物が写ってたな。
それを目印にして絞り混む...が。
「やっぱムリか...」
さすがに限界がありそうだ。
これはもう男が出社してくるのを待ったほうが確実だろう。
それまでは...コンビニで弁当でも買うか...。
いや、コンビニ弁当いうて高いしな。
コスパ良さそうで良くないのがコンビニ。
うん、やめよう。帰って双葉の温かいご飯にしよう。
その方が百万倍美味しいし無駄金使わずに済むし。
思い直してどっかりとその場に座った。
東の空に太陽が完全に顔を出し、朝日が眩しい。
良い朝だ、今日は晴れそう。
頬杖をついてぼんやりとしていると、急に眠気が襲ってきた。
一晩中ビルを探して七転八倒していたのが今になって響いてきたらしい。
やばいやばい、今ここで寝たら起きるのいつだよ。
慌てて立ちあがったものの、いったい何をしていればいいのだろう。
モニターを睨んでいたらまず間違いなく寝落ちするだろうし。
そもそも私にこんな細やかな作業させるのが間違ってるんだよ。
いーじゃん斎希みたいな護衛任務で。
なして私がこんなこそこちまちました任務...。
こんなの神流とかにやらせとけばいいんだよ!
...神流というと、嫌な記憶が蘇る。
思い出すと、情けないことに今でも足が震えそうになるくらいだ。
...やめよう、考えない方がいい。
双葉大丈夫かなー...十六夜辺りになんか無茶言われてないかなー...。
あと誰も無駄金使ってないよな。
帰ったら帳簿つけないと...レシートあと二枚あったから......うん...。
...................................................。
「はっ!」
寝てた!?私今寝てた!?
ダメだ、これは油断したら一瞬で死ぬ。
こうなってしまったら耐えるとかいう話ではない。
頑張ったところで寝る。
こういう時の対処法。それは...諦めて寝る。
何が対処法だ!とか言う声が聞こえてきそうだけど、正直これが一番いいって。
15分くらい寝りゃ意外に復活できるし。
というわけで、コンピューターで15分後にアラームが鳴るよう設定、屋上でごろんと寝転がった。
コンクリートは固いが、ほんとに眠いときはそんなこと気にならないのだ。
青空の下で寝るのも悪くない。
何気に日の光がぽかぽかで気持ちいい。
目をつぶると、すぐにふわふわと眠ってしまった。
夢を見た。
懐かしい夢。
何があるわけでもない日々。
もう何度通ったかわからないグラウンド。
朝から晩まで走っていた。
それでへとへとになって帰った私を出迎えてくれた―――。
15分とは短いもので、そこでアラームが鳴ってしまった。
ぱち、と目を覚ました後も少しの間そのまま寝そべっていた。
軽い寂寥感を覚える。
居眠りしたの、ハズレだったかな。
どっこいせと起き上がると少し背中が痛かった。
コンクリの上にごろ寝したんだから当たり前だけど。
腰や肩のあたりを軽くこぶしで叩きながらもう一度コンピューターのカメラを起動してばーっと見ていく。
その視線がある一点で止まった。
さらにぐいーっとズームしていくと、ビルの真ん中少し下あたりの窓際の席、観葉植物が青々と葉を茂らせている横で、鞄を漁っている男がいた。
間違いない。写真の男だ。
寝起き特有のふわふわした感覚が吹っ飛んだ。
コンピュータを閉じて、屋上から横の裏路地に飛び降り何食わぬ顔してビルの前に立つ。
そして人を待つようなふりをしながら中を観察した。
どうやら社員たちは社内の奥、オフィスに入るときに社員証をかざして認証しているようだ。
正面突破は難しそうだな。
じゃあ上は?いや、こういうところは基本屋上にもロックがかかってることがほとんどだ。
どうしよう...どう行くのが最適なんだろう。
正直誰がここの社員かなんて入っていくのを見るまでわかるわけない。
神流に以前言われたのは、「常に足がつかないように、証拠も残すな」。
つまり、あまり派手なことすんなよってことでしょ。
むかつくな、わかんないよどうしたらいいか。
ギリギリと歯ぎしりしながら中をにらむ。
入ったところは広い、なんていうの...大広間みたいな感じだ。
そこまでなら入れるんだけどなあ。
(うーーーーーーーーん)
なんとか入れれば...あの男に会えれば...。
会えれば...来てくれれば...くれれば?
そうか、私が逆に呼びつければいいのか。
テキトーな理由つけて。
じゃあそのテキトーな理由をなににしようか。
...ハンカチ拾ったとか?
知り合いのふりして書類渡しに来ましたとか?
んなんこと言って呼んでも本人にバレるし...。
また思考のループに陥りながら何気なく入り口を見た私は、自分の目を疑った。
私がどうやって呼び出そうか困りに困っていた張本人がノコノコとビルから出てきたのだから。
え、なんで。どうして自分から。
予想外すぎることに思考が追い付かないが、こんなチャンス二度とないだことだけはわかる。
平静を装って後ろからついていった。
タバコでも買いに出たのだろうか。すぐ近くのコンビニに入った。
その隣には、人が入りそうもない路地。
もうここでやるしかない。
路地の入口で待機し、男が出てくるのを待つ。
人がコンビニから出てくるたびに、ターゲットと間違いそうになった。
待っていた時間は、数分もなかったはずなのに、異常なほど長かった。
心拍数は上がっていく一方だし、嫌な汗までかきそうだ。
この燿様ともあろうものが、情けない。
そして、ようやくターゲットの男がでてきた。
私は軽く息をつき、男が目の前を通り過ぎるのを待つ。
そして、男の視界から私が消えた瞬間、後ろから左腕で腹をホールドし右手で口を押さえて人間がショック死しない程度の速さでに引きずり込んだ。
一瞬の出来事に何が何だかわからない様子の男は私の手をつかんでもがく。
路地の奥、突き当りで広い道からは完全に見えないところにまで行くと、手を離す。
男が私の顔を確認しようと振り向くのを許さず首筋に手刀を叩き込んだ。
こちらを向けないままぐにゃりと倒れ掛かる身体を受け止め、壁にもたれるように座らせる。
気絶した男を見下ろしながら、気が付けばまるで過呼吸のように呼吸が荒い。
何度も何度も深呼吸して何とか気持ちを落ち着ける。
そして、コンピューターを起動して男の体をスキャンした。
タバコの箱、コンタクトケース、財布、鍵...。
すると、スーツのジャケットの内ポケットになにやらケースが入っている。
コンピューターを閉じ、ジャケットを漁ると確かにケースがあった。
ぱかっと開けてみるとUSBがしまわれていた。
...これだ。
ケースを閉じ、自分のポケットにしまい込む。
「...」
まず第一任務は達成だ。
そして...今度は...。
途端に足が震えだす。
刹那に渡された荷物、それは...折り畳み式のアーミーナイフ。
ポケットから出して刃を出すと、光を反射してギラリと光った。
第二の任務...それは。
ターゲットの...口封じ。
これも...依頼の中に組み込まれているのだ。
気絶している男にまたがり、ナイフを両手で持った。
そのままゆっくりと持ち上げる。
ナイフを持つ手にじんわりと汗がにじんだ。
震えそうになるのを力で押さえているせいで、手に無駄な力が入る。
自分の心臓の音が他人にまで聞こえそうだった。
このまま、ただ振り下ろすだけ。
それだけなんだ。
ただそれだけ。
簡単なこと。
私は目をつぶって大きく息を吸い込み、力任せに振り下ろした。
「―――ッ!!」
「.........」
また...まただ。
振り下ろされたナイフは、男に突き刺さる寸前で止まっていた。
腕から急激に力が抜け、だらりと垂れ下がる。
力の入っていない手からナイフが滑り落ち、地面で固い音を立てた。
「......」
できなかった。
人を殺めるなんて。
見ず知らずの人の命を、この手で潰すことなんて。
落としたナイフを拾いよろよろと立ち上がる。
男が軽く身じろいだ。
じきに意識が戻るだろう。
私はコンピューターを起動し、コマンド:期帰還要請を送った。
これで刹那に帰還要請が届き、向こうが受理すると転送装置がこのコンピューターと同期して起動し帰還できる。
コンピューターの画面に「帰還します」という文字が出たと思うと、来た時と同じような光。
またとっさに目をつぶり、次に目を開けた時には刹那の転送部屋だった。
「お疲れさまでした、燿」
転送装置から降りたところに、刹那が近寄ってきた。
ポケットから例のUSBケースを出し手渡す。
「ほら、これ。...依頼されたやつでしょ」
刹那が中を確認し、うなずく。
そのまま部屋を出ようとすると。
「今回も...できなかったのですね」
その言葉に足が止まる。
振り向けば刹那がこちらを見ていた。
その表情からは何も読み取れない。
同情も...失望も。
「...悪かったな。あんなん私より神流に頼めよ。適任だろ」
半ば自棄のようにそう返す。
「いいえ、あなたがやることに意味があるのですよ」
「人をこの手でぶっ殺すことに意味があるってのか!?」
刹那の胸倉をつかんで怒鳴り返した。
あるわけない、意味なんて。
あってたまるか。
しかし、刹那は眉一つ動かさずに答えやがった。
「人を殺めることではありません。あなたが、人に知られることの許されない仕事をすることにです」
言葉が詰まる。
「あなたは大きな戦力です。...いつか、あるかもしれない戦いのときのために判断力を付ける。それがこの仕事の意味です」
「...このくだらない能力たちで戦え...ってか」
ぱっと刹那を放す。
刹那はつかまれて歪んだ服を整えると、またあの真意の読めない笑みを浮かべた。
「どちらにせよ、あなたはこのUSBの強奪という任務は見事成し遂げました。それは素晴らしい働きです」
「...そりゃどうも」
「今日はお休みください。双葉も心配していましたから」
そうとだけ言い残すと、刹那は装置の方へと消えていった。
残された私は、言いようのないもやもやを抱え、軽く舌打ちすると部屋を出た。
奥の方で双葉が掃除機をかけている。
「双葉」
声をかけると、双葉はぱっとこっちを見て、掃除機を止めると駆け寄ってきた。
「燿ちゃん!良かった...お疲れ様!」
屈託のない笑顔。
色々荒んだ心に染み入るような気がした。
衝動的に双葉を抱き寄せる。
「わっ!なになに?どうしたの?」
腕の中でこっちを見上げてくる双葉の肩に顔をうずめた。
双葉は知らない。
こういった仕事を私がしていることも、そもそもそんな仕事があることも。
「...燿ちゃん?」
でもそれでいい。
この子は私のオアシスだから。
この子を汚す輩からは、私が何をしてでも守る。
双葉は純粋のままでいればいい。
汚れたことなんか知らなくていい。
私は何もないように装って、双葉から離れて笑った。
「ふー!やっぱ仕事終わりはこうするに限るわ~」
「えぇ!?もう!びっくりするじゃん!」
「あっはっは!」
ぷくーっと頬を膨らませる双葉を見て、少し気持ちが落ち着いてきた。
「双葉ぁ~、腹減った~」
「じゃあ何か軽く作るよ。ちょっと待ってて!」
エプロンを付けてぱたぱたとキッチンに行く双葉を見送ると、どっかりとソファーに座る。
せっかくだ、このままここで寝よう。
仕事中15分しか寝ていない。
そう思い、ゴロンとソファーに寝転ぶ。
やはり疲れていたらしく、寝転んで目を閉じた瞬間、今度は夢も見ることなく眠りに落ちた。