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side斎希
私の今度の仕事は日雇いの用心棒。
護衛対象は誰なのか、どんな人なのかはまだわからない。
それにしてもこの世界、私たちが知っているところとはかなり違うみたい。
なんていうか...いわゆるファンタジーの世界かしら。
空を見れば、どうやって飛んでるのかわからない乗り物が飛んでるし、行き交う人たちもなんだか現実世界のものとは思えない感じがする。
明らかに魔法使えそうな杖が店頭のショーケースに並んでるし。
さて、これからどうしようかしら。
指定された時間まではあと一時間くらいある。
せっかくだしいろいろ見て回ろうか。
見たこともない品々に乙女心がうずいているし。
そう決めて、人通りの多い街路へと足を進めた。
初めての世界は、ただ歩くだけで楽しい。
店の横を通るだけで、なにやら光を放つ剣や私たちの世界ではまずお目にかからないような服を、明らかに人間ではない売り子が宣伝している。
町のいたるところにいる衛兵たちが着ている鎧や装備している剣も、まさにファンタジーといった風。
「いらっしゃーい!新しい装具入ってるよー!」
「中心に氷竜の涙を入れた画期的な魔法の杖!いかがですかー!」
「アラウネの糸を織り込んだ一点物の魔装ですよー!」
いつになく心を弾ませていろんなお店を覗いていく。
色んなものに心惹かれ、何度も足が止まった。
この世界の通貨はデル―というらしい。
私たちがまだ全く持っていないのが残念で仕方ない。
この仕事で頂く報酬で少し買い物しようかしら...でも燿に叱られそうね。
とにかくまたいつか、今度はプライベートで双葉辺りを連れてまた来ようと心に誓う。
「ねえ!そこ!そこのお姉さん!」
なんだか声がした。
思わず振り返る。
「そう!そこの...着物のお姉さん!」
この辺りで着物を着ているのは私くらいだ。
明らかに呼ばれたのはわかった。
誰かと思ってあちこち見回すと、行き交う人の向こうから一生懸命こっちに向かって手を振っている人影が見えた。
無視をするのも無礼だろうと思い呼ばれるままに近寄ってみると、どうやら獣人の売り子のよ
うだ。
さらに、随分若い...というかもはや幼い。
私が来たことがよほど嬉しかったのか、ぴょこぴょこ跳ねながら話しかけてくる。
「お姉さん、外国の人でしょ?」
「外国...そうね、そうなるかしら」
「そうだよね!そうだと思った!だって雰囲気違うもん!」
売り子は耳をピンと立てて笑う。
そんなに違ったかしら...。
きょろきょろしてからかな?
「ここにはどうしてきたの?」
「仕事よ。それまでの空き時間があるからちょっと散歩していたの」
「そっかー、どう?どう?印象は?」
「印象...って」
どうかと言われても、自分のいた世界と違いすぎて何とも言えない。
ただ別に言えないことでもないので正直に言った。
「そうね...私たちのいたところとは全然違って...楽しいわ」
「えへへー」
自分の町を褒めてもらえたのが嬉しかったのか、売り子は満面の笑みでこちらを見てくる。
「ところで、私に何か用かしら?」
「そうそう!お姉さんが今着てる着物見てさ、きっとうちのも似合うからぜひ見て行って欲しいと思って」
言いながら私の手を握って自分のお店へと入っていく。
されるがままついていくと、店の中には何百という生地が巻かれておいてあった。
「どう?うちの店は着物の生地のお店なんだよ!」
「これは...」
思わず近くに合った記事を手に取った。
手触りは文句なしだ。
「この生地の素材はなに?」
「セルイーシですよ!」
「せ...なに?」
聞いたことのない単語。
手触りからして私たちでいうところの絹のようだけど。
「この糸はどうやって紡ぐの?」
「こういう糸を出す魔物がいるんだよ。魔物って言ってもすごく大人しくて、飼ってる人もいるくらいなんだけどね。で、その糸を製糸するための魔機にいれるんだ。そうするとあら不思議!手触り最高な糸が完成ー!ってわけ」
やはり、どの世界でもシルクのような糸は存在するらしい。
しかし、いったいどんな魔物なのだろう。
......やはり、糸を出すのだから蜘蛛型?それとも...。
いえ、考えないことにしましょう。
「その機器の仕組みはわからないの?」
「うーん、教えてもらったことはあるんだけど、イマイチわからないんだよねー...。どこをどうしたらどうなるかってのはバッチリわかるんだけど、中身のことは...。ここ最近魔術の向上がすごいんだ。スゴいのがどんどん出てきて」
「ああ、それはなんだかわかる気がするわ」
私たちの世界も科学技術の発展は著しいもの。
構造がわからなくても使いこなしてるものなんて数えきれない。
ところは違えど、歩む道は同じなのかもしれない。
「結構外から入ってきてるものも多いらしいけどね」
外国との貿易までしているのか。
その間で技術のやりとりもあるのだろう。
そういえば今は何時だろう。
「あら、もうこんな時間...」
見れば、約束の時間まであと15分を切っている。
いけないいけない、すっかり話し込んでしまった。
「えー、行っちゃうの?」
不服そうな売り子の頭を撫で、目線を合わせる。
「ごめんなさいね、そろそろ仕事に行かないと。それが済んだらまた来るわ。今度は...友人も一緒に」
口をとがらせていた売り子は、「友人も一緒に」のあたりで目を輝かせ、大きくうなずいた。
「うん!約束だよ!」
そして、私が店を出て姿が見えなくなるまで手を振っていてくれた。
かわいらしい売り子さんだったこと。
正直に言えば、私としてももっとあの子と話していたかった。
でも私が今日ここにいるのは仕事のため。
それをないがしろにするわけにはいかない。
「気合、入れないと」
自分を鼓舞するようにそうつぶやき、今度はわき目もふらずにまっすぐ目的地に向かった。
コンピューターで地図を見ながら進んでいくと、次第に周りの景色が変わってきた。
それまでの活気やにぎやかさは消え、今度はいかにも上流階級といった風な建物が増えてきた。
それに比例し建物自体も大きくなっていく。
指定されていた場所は、大きな大きなお屋敷だった。
全体的に洋風で、壁は白塗りの石レンガ。
その壁もきれいに手入れされていてまるで新築のよう。
屋根は青く、所々にドーム状に突き出た塔のようなものがある。
窓も一つ一つに細やかな装飾がなされていた。
さらに、私が今立っている正門から家そのものの入り口の間に広い広い庭がある。
家の敷地外に出ようとするだけで十分くらいかかってしまいそうだ。
こんなお屋敷に住んでいるとしたら、かなり裕福な部類だろう。
いったいどんな人なのだろうか。
...少し不安になってきた。
しかし、依頼されたのだから行くしかない。
呼び鈴などがないかあたりを探してみると、門の端に何やら正八面体の結晶が浮いていた。
何かと思い、そっと手で触れようとしたとき。
突然白かった結晶が青い光を放ちながら回転し始めた。
思わず数歩後ずさる。
なにか、何かまずいことをしてしまったのだろうか。
どうしたらいいかわからず戸惑っていると、急にその正八面体から声がした。
『どちら様でしょうか』
「あ、う」
驚きのあまり声が掠れた。
声は訝しげに聞き返してくる。
『主人に、何か御用でしょうか?』
いけないいけない、何を動揺しているのだ。
この程度のことで心を乱してはならない。
自分に言い聞かせ、今度ははっきりと受け答えた。
「はじめまして。こちらに依頼を頂きました、斎希と申します」
『少々お待ちを』
そして、声が消えると同時に正八面体の発光と回転も止まった。
どうやらこれが私たちでいうところの呼び鈴らしい。
...少し大げさではないかしら。
少し呆れそうになったとき、突然目の前の正門がゆっくりと開いた。
そして、中から燕尾服でロマンスグレーないかにも執事といった出で立ちの人物が現れた。
「よくぞいらっしゃいました。主人がお待ちです」

執事は私を大広間に通すと、一礼をして奥に消えた。
外からも大概だったが、中はさらにすごい。
一言でいえば絢爛豪華。
大広間は吹き抜けで、天井はとても高い。
上の階に行くには螺旋階段で、手すりまで蔦のような装飾がされている。
高い天井からはもう何がしたいのかわからないほど細やかな装飾を施されたシャンデリアが吊られている。
あのシャンデリア、きちんと明かりとしての機能は果たしているのかしら...。
白を基調とした内装と、机やいすといった家具のダークブラウンや黒といった色のコントラストがより一層豪華さを引き立たせている。
「...すごい家...」
感嘆するしかない。
こんなところの主人の護衛かあ...。
そもそもなんでわざわざ外から護衛を雇うのか。
こんな裕福な家なら護衛くらいいそうなものなのに。
さっきの執事さんも...なんだろう、うまく言えないけど正しく執事といった感じだった。
姿勢、立ち居振る舞い、喋り方...どれを取っても完璧だ。
あんな執事を雇うのもきっと高いのだろう。
あの振る舞いは燿に少し見習って欲しいわね。
その時、奥の方から例の執事が戻ってきた。
「大変お待たせいたしました。主人が参ります」
執事はそのまますっと頭を下げてわきに寄った。
その後ろから、薄いベージュ?のドレスを身に纏った若い女性が現れた。
見たところ年は私と変わらないくらいだ。
綺麗なプラチナブロンドの髪をシニヨンのようにまとめている。
肌の色は真っ白だ。
というより、血の気が薄い。
対峙しているだけで背筋が伸びるような気品を漂わせている。
こんな洋風な家の中で洋装の人を前に一人着物でいるのは、なんだか場違いなようで肩身が狭い。
執事がまた恭しく頭を下げる。
緊張するが、とにもかくにもまずは礼。
こんな身分の高い方の前で粗相があってはならない。
「お初にお目にかかります。依頼を頂き参りました、斎希と申します」
私も執事に負けず劣らず深く頭を下げ、それからゆっくり上げた。
色素の薄い青い目がこちらを見ている。
なんだろう...全体的に色素が薄い。
このまま消えていきそうだ。
「この度のご来訪、感謝致します。...オーウェン、案内を」
「かしこまりました」
オーウェンと呼ばれた執事はさっと一礼すると私についてくるよう促した。
おとなしくついていくと、客間と思わしき部屋に通された。
この家に来てから何度驚いたかわからないのに、通された客間に私はまた目を見張った。
広すぎる部屋の真ん中に大きなソファーが二つずつ、机を挟んで並んでいる。
その机も、私たちでいうところの大理石のようなものでできており、ぴかぴかだ。
天井にはまた何がしたいのかわからないほど豪華なシャンデリア。
落ちてきそうで正直怖い。
オーウェンさんは私をソファーに座らせると、また姿を消した。
こんなところで一人にされると、場違い感が増して少し逃げたくなってくる。
座らされたソファーもふっかふか。
座った時身体が五センチくらい沈んだ。
立つの大変かも...。
くだらないことを考えているとドアが開き、オーウェンさんとともに先ほどの女性が入ってきた。
玄関であったときとは装いが変わっている。
玄関では薄いベージュだったのが、今度は綺麗な紺色のドレスになっている。
「お待たせいたしました。先ほどはあのような格好でのお出迎えとなってしまい...申し訳ありません」
あのような格好...?
ひょっとしてあのドレス、寝間着か何かだったのかしら...?
少し頭痛がしたが、おくびにも出さずに受け答える。
「いいえ、お気になさらず。そちらのお召し物、とても素敵です」
その言葉に、それまで無表情だった女性がようやくふっと微笑んだ。
「...ありがとう。さて、本題に入りましょう」
上品にソファーに座った女性は、私の方をまっすぐに見た。
「わたくしはこの家の当主、レオーネ・アルム・グラキエース。貴方に依頼させて頂いた者です」
豪華な名前だ。そして当主だったのか。
私と対して年の差もなさそうなのに家の名を背負っているとは...。
オーウェンさんが私とレオーネさんの前に紅茶を置き、すっとレオーネさんの後ろに立つ。
...このティーカップ、取っ手がこれまた繊細な装飾がされていて、持つのも怖い。
「イツキさん...でしたね。この度は貴方に私の護衛をお願いしたいのです」
レオーネさんの後ろで、オーウェンさんが少し難しい顔をしている。
少しそちらを気にしながら、私はレオーネさんの問いに笑顔でうなずいた。
「もちろん。では、護衛についての詳しい話をお聞かせ願えますか?」
レオーネさんは小さくうなずき、話し始めた。
「ここ数か月、魔物の出現頻度が高いのです」
「魔物...?」
「そうです。魔物は、本来ならば町の外...森などの中に棲んでいるのですが、それが最近は町の中にですら現れるように...。すでに魔物に襲われて怪我された方もいらっしゃると聞いています。そんななか、わたくしに隣国に行かねばならない用事ができたのですが...このような状況である以上わたくしのみで行くのは恐ろしく...」
そこまで話すと、レオーネさんは私からふっと視線をそらした。
なるほど、状況はわかった。
ここまで来るときに衛兵がやたらいたのは、魔物の出現を見張るためだったのか。
さて、ここからは仕事についての確認だ。
「状況は分かりました。それではいくつか確認をしてもよろしいですか?」
レオーネさんは私に視線を戻し、うなずく。
「レオーネ様の護衛は、私のほかにどなたか?」
「...いいえ、あなただけです」
...やっぱり、私だけなのね。
「隣国に行かれるのは私とレオーネ様のほかにいらっしゃいますか?」
レオーネさんはちら、っとオーウェンさんの方を見たが、すぐに首を横に振った。
「いいえ、おりません」
執事は家を守るのかしらね。
「ありがとうございます。あともう一つだけ。私があなた様を護衛するのは、隣国に行かれるまででしょうか。それとも復路も?」
「往路だけです」
いつになくレオーネさんが即答した。
そして、後ろで立っているオーウェンさんの顔がさらに難しくなったのを、私は見逃さなかった。
だが、私は何事もないように笑顔を浮かべた。
「かしこまりました。貴方様の護衛、必ずや全う致します」
レオーネさんの顔がわかりやすく安堵する。
「ありがとうございます」
「出立はいつでしょうか?」
「明日の朝に」
そういい終わると、レオーネさんはやおら立ち上がった。
「ごめんなさい、もうすぐ客人が見える頃なのです。イツキ様、出立までは時間がありますから...どうぞ、おくつろぎください」
そして優雅に一礼すると、オーウェンさんに何やら合図をして部屋を出て行った。
合図を受けたオーウェンさんはそのまま私の方へ来た。
「客室がございますので、そちらでごゆっくりお過ごしください。案内致します」
そのままくるりと踵を返しさっさと歩き始めてしまったので、私もあわてて後を追う。
こんな広い屋敷で迷子になったら生きて出られる気がしない。
連れられた部屋は、さすがに応接室ほど広くはなかった。
しかし、それはここの応接室が常軌を逸しているだけでこの客室だってそこらのワンルームマンションよりは余裕で広い。
「ただいまお茶とお菓子が参ります」
「あ...」
オーウェンさんはそのままさっさと引っ込んでしまった。
おかげで話が聞けなかった。
色々聞きたかったのに。
ぽつーんと広い洋室に取り残さた私は手持無沙汰でベッドに座る。
これからの時間どうしよう、刀の手入れでもしていようか。
それとも抹茶でもたてていようか。
でもこの綺麗な客室を汚したりしたら...ましてや、何か壊しちゃったりしたら...。
清掃代や弁償の額を考えると寒気がする。
ぼふっと寝転ぶと、ベッドの寝心地は抜群だ。
寝ようと思えばこのまま寝れるけど、やりたいことは色々あるのでそうもいかない。
それにしても、あのレオーネという依頼人。
どうにも納得がいかないのだ。
こんな大豪邸に住んでる、しかも当主がわざわざ見ず知らずの私たちに護衛を依頼するなんて。
普通もっと顔馴染みがいるだろうに。
いや、例えいなかったとしても護衛を一人だけにするだろうか。
魔物に怯えているならなおさらだ。
人数が多い方が、言い方は悪いが狙いが分散される。
襲われるリスクが減るのだ。
にもかかわらず護衛が私一人ってことは、よっぽど何かあるのだろうか。
いわゆる、お忍び...的な何かが。
そのあたりをオーウェンさんに聞きたかったのだが...。
とんとん、と扉がノックされた。
立ち上がって扉を開けると、いかにも召し使いといった風の女の子が立っている。
運ばれてきたワゴンの上には紅茶とクッキー...と思われるものが乗せられている。
「メーベルと申します。紅茶とお茶菓子をお持ちしました」
「ありがとうございます」
中に入れると、メーベルといった召し使いの子はてきぱきと準備をしていく。
ティーカップとポットを机におき、砂糖(よね?これ...)のカップの蓋を少しずらしてその横に。
そしてお茶菓子をずらりと並べた。
「なにかありましたらお申し付けください」
そうだ、ここの家のこととかも少し知っておきたい。
この子に話を聞こう。
またペコリと頭を下げて出ていこうとするメーベルを呼び止めた。
「あの、少しよろしいですか?」
「はい、なんでしょうか」
足をとめた彼女にこっちに来るよう促して、話を続ける。
「もし良ければ、この家のことや...レオーネ様のこと、教えてくれませんか?」
「この家のこと...でございますか」
「ええ。私、よそ者で...あまりよくわからないものですから」
戸惑ったように考え込んだところにだめ押しのように付け足す。
「護衛の仕事の役に立つかもしれないんです」
しばらく考えていたメーベルは、私のことをじっと見たあとようやくうなずいた。
「わかりました。わたしが答えられることならば」
よし、と心のなかで小さくガッツポーズ。
「ありがとうございます。ではまず、この家のことを聞かせてくれますか?」
彼女を椅子に座らせて、自分も向かいに座る。
「旦那様は、ここ数十年で頭角を現してきた貿易商です。旦那様が輸入した商品は国内でもとても評判が良くて...グラキエース家はどんどん大きくなりました」
「...しかし、今はレオーネ様がご当主ということですが...?」
私の問いにメーベルはうつむいた。
「旦那様は...ご自分で立つこともままなりません」
見れば、膝の上に重ねられた手に力が入って震えている。
「ご病気...ですか?」
「........................」
答えはない。
代わりに、顔が青くなり手にさらに力が入った。
この話題にはこれ以上触れられないな。
「...わかりました。ではレオーネ様についてお聞きしてもよろしいですか?」
メーベルはようやく顔をあげた。
それを是と取り続ける。
「レオーネ様は先代ご当主のお嬢さんですね」
「はい。たった一人のご家族で、旦那様もとても可愛がっておられました」
「奥様は...?」
「...お嬢様を出産されてすぐ、亡くなったとお聞きしております」
なるほど。
奥さんも亡くなっていて、家を継げる人がレオーネさんしかいなかったのか。
「旦那様はお倒れになる直前まで商談を続けていらっしゃいました。その仕事を、後継ぎのお嬢様が引き継がれたのですが...」
そこでまた言葉が切れた。
「私は...レオーネ様が心配でなりません。当主となられてから、お顔から血の気がなくなって...あまり笑ってくださらなくなりました」
確かに、初めて会った彼女の印象は血の気が薄い、だった。
なんだか消えていきそうだとも思ったくらいだ。
「有名になった代償か、脅迫状も届くようになっていますし...」
「脅迫状...」
有名税、というのだろうか。
「脅迫状が届くのは旦那様がいらっしゃったときも変わらなかったのですが...お嬢様は以前届いた手紙に顔を青くしておられましたから...恐らくあれは脅迫状かと...」
「その脅迫状の内容は...?」
メーベルは首を振った。
「存じません。大丈夫ですかと声をおかけしたら、気にすることはないと机の中に仕舞われてしまいましたから...」
どこでも世の中は物騒なのね...。
「オーウェンさんは、なにか...?」
「オーウェン様...?」
怪訝そうな彼女に、先ほどのオーウェンさんの反応を伝える。
「なにか、知っているんじゃないかと...」
メーベルの顔は怪訝そうなままだ。
「さあ...私は存じませんが...」
「そうですか...」
やはり、他人には明かさないか...。
「ただ、オーウェン様もお嬢様のことはとてもご心配なさっていました。あの方は、グラキエース家が大きくなる前から旦那様に執事、そして護衛としてお仕えしていたそうですから...レオーネ様のことも生まれたときから存じ上げている、と」
「オーウェンさんが...先代当主様の護衛?」
失礼かもしれないが、護衛は意外だった。
余りに執事然としていたから...。
「ええ。あの方は魔法使の家系ですから...普段はあまりお使いになりませんが、いざというときはそれで旦那様をお守りしていたと聞きました」
そうだったのか...。
私は立ち上がった。
「ありがとう、メーベルさん。お時間を取らせてしまって...ごめんなさいね」
「いえ、大したことをお教えできず申し訳ございません。それでは、何かありましたらお呼びください」
メーベルはぺこりと頭を下げると、ワゴンを押して部屋から出ていった。
「ふう...」
少し伸びをして固まっていた身体をほぐす。
そして、すっと右手を宙にかざして軽く念じた。
すると目の前に、薄い膜のようなものが現れた。
「.........」
心を無にして、膜の維持に集中する。
これが私の力。いわゆるバリアを張る力。
けど、私自身こんなの全然知らなかった。
刹那にここに連れてこられて、この力について伝えられるまでは。
だから最初は全然張れなくて、騙されたんだと思っていたけど...。
このバリアは、刹那に言わせればどんな攻撃でも弾く鉄壁の守りだそうだ。
...でも、正直私が張れるのは薄いガラスのような壁。
軽い衝撃でも簡単に割れてしまうから。
とは言え、護衛するときはこの力は使わないわけにはいかない。
...上手くいかなかったら、どうしよう。
「っ!」
不安のせいで集中が切れ、バリアがパリンと音を立てて割れ、消えていった。
「.........」
怖い...というのが本音だ。
レオーネさんの狙いもオーウェンさんの真意もわからない。
こんな中で、きちんと護衛なんて――。
コンコン、と扉がノックされた。
誰だろう、と出迎えた私は目を見張った。
オーウェンさんが外に立っていた。
「...イツキ様。お話が」
 

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