
勘違い騒動
『七隊総員に告ぐ。ブレイカー(破壊者)襲来。直ちに戦闘態勢を取りなさい』
「また来やがったか」
「しつこいわね...」
突如スピーカーから流れた創立者の声に、燿はうんざりした面影。斎希は困ったような顔をした。リーダーである十六夜はうーん、と背伸びすると、自分の頬を叩き、気合いをいれて立ち上がる。
「出てきたものはしょーがない。みんな、準備は良い?」
「頑張ります!」
「双葉は、私が守ってあげる」
「相変わらずね、燿は」
「......全くだな」
「......(コクリ)」
十六夜が聞けば、双葉、燿、斎希、神流、捺波は頷く。
「よし、じゃあ刹那。転送頼んだ」
『分かりました。転送します』
今回もブレイカーを倒せば良い。この中にいる七隊誰もが思っていた。しかし、このあと、予想だにしなかった事が起こることは誰も知らない。
転送された場所に降り立った七隊。十六夜は辺りを見渡して、首をかしげた。
「ブレイカーの姿、無くない?」
「......向こう側に気配は感じるが」
神流に言われて、確かに、僅かに感じるブレイカーの気配。そしてブレイカーを相手しているであろう、この世界の住人の気配。
「転送装置が故障したのでしょうか」
「まさか、そんな筈な...、い.........」
不安そうに言った双葉に対して、燿は安心させようと言葉をかけようとした。が、言葉が不自然に途切れた。口をぱっくり開けたまま、目は見開いている。金縛りにあったように見えた。七隊はそれぞれの武器を構える。神流は、動かない燿に近づいた。
「......燿、何した」
『動カナイデ』
突然、幼女の声が彼らの耳にはいった。いつのまにか動かない燿の傍らに、物騒な日本人形が現れる。
「ひぃ!?」
「何だコイツは...」
「......憑喪人形。狙われたら最後、彼女の身体の一部......」
捺波が、ぽつりと日本人形-憑喪人形の詳細を述べる。十六夜たちが青ざめるなか、憑喪人形は燿を操り、口パクさせて訊く。
『アナタタチ、ダレナノ。奴等ノ、仲間?』
「奴等とは、ブレイカーの事か」
『ブレイカー...ソノ様子ダト、奴等ヲ知ッテイルノネ』
神流の言葉に、憑喪人形の長い黒髪がざわざわと生き物のように逆立ち、カタカタと身体を鳴らして、戦闘態勢に入る。そこへ斎希が言った。
「聞いてください、憑喪人形。私たちは彼等の仲間ではありません。貴女方の助けに来たのです」
『...本当ニ?』
憑喪人形の首がだらりと不自然に動き、逆さまになる。燿もそれにあやかり、逆さまに浮いた。怪しんでいるようだ。斎希は説得を試みる。
「ええ、ですから、燿を離していただけませんか」
『......彼等ヲ、止メルコト、デキル?』
「えぇ、勿論よ」
『......』
憑喪人形は僅かに迷う。と、
『憑喪ー!』
ズドォーーン!!
「「「!!!??」」」
男性の軽い調子の声が聞こえた。十六夜、神流、斎希は声の聞こえた方角へすぐさま武器を構える。突如巨大な雷が、捺波の横に堕ちた。捺波は何とか避けきるも、電流が若干入り、倒れ伏す。
「っ......!!」
「捺波!?」
『憑喪! 取り込み中悪ぃけどさ、サポート頼......って誰だお前ら? 人間?』
閃光が堕ちた場所には、この世界の住民であろう者。長身でガタイが良い男性。頭に生えた角は、人間でないことを意味する。そこへ、憑喪人形が呼んだ。
『雷鬼クン、コノ人タチ、奴等ヲ知ッテイルノ』
『お、マジか!! なら、教えて......って貰えそうにねぇな』
男性―雷鬼はちらっと怒りに満ちた七隊を見やり、困ったようにがりがりと頭をかく。十六夜が怒りを含むような口調で雷鬼に詰め寄った。
「おい、お前!! うちの仲間に何してくれてんだ!!」
『そう怒んなよ。偶然そこにソイツがいただけだろ?』
全く反省の色が見えない雷鬼に、神流は歯を食い縛る。
「隊長、コイツ殺して良いか」
『雷鬼クンニ、手ヲダスナラ、アナタタチヲ、敵ト見ナスワ』
神流の言葉に、憑喪人形は燿を宙吊りにする。と、ここで燿が動き出した。己の身体の一部を、刃に変える。
「......いい加減に離しやがれこのガラクタ!!」
『っ!!?』
スパンっ!!と操り糸を切り、自由の身となった燿。憑喪人形はサッと距離をとった。カタカタと怒りに震え、憑喪人形は呟く。
『ウソツキ、ヤッパリ、奴等ノ、仲間ナノネ......!!』
「そんな...!! 違います、私たちは...!!」
捺波を治していた双葉が言うも、憑喪人形は明らかな敵意を七隊に向けている。
「ここはどうも、聞き分けのない輩ばかりだな」
「全く! 後で金を請求してやるっ!!」
「交渉は無理ね」
「こうなったら、みんな」
十六夜が七隊の仲間の顔を見やる。彼らはそれぞれの戦闘態勢に入った。
『お、やる気満々? やってやらぁ!』
『ミンナ、ワタシノ中デ、玩具ニ、シテアゲル...』
憑喪人形同様、雷鬼も戦闘態勢に入る。今まさに、戦闘が始まろうとしたその瞬間。
『その辺にしておけ、うぬ等』
凛とした声と共に、双方の間に突如、光の刃が落ちた。大地が削れ、その刃の落ちた場所は崖と成り果てる。幸い、怪我人は一人もいなかった。
「うっわぁ......!!」
「すっご...!!」
十六夜や燿が感嘆の声を上げるなか、七隊の元に降り立つ者がいた。鮮やかな装飾を見にまとった、神々しいオーラを放つ乙女。捺波は、呟くように詳細を述べた。
「......貴女が、依頼主の、照姫」
『......なるほど、そなたらが、七隊と申す者共か』
乙女―照姫は七隊の面々を眺めて、フッと目を細める。
『照姫ー、お前の知り合いかー?』
『ソウナノ? 照チャン』
崖の向こう側で叫ぶ雷鬼と憑喪人形に対し、照姫は呆れ混じりに応えた。
『あぁ、そうだ。余が、この者たち...七隊に助太刀を頼んだのだ』
『ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ......』
「......あー、わかったからさ、その呪いをかけるみたいな感じ止めてくれよ...」
「あはは......」
ぶつぶつと念仏を唱えるように謝罪を繰り返す憑喪人形に、燿は若干引き、双葉にしがみつく。双葉は苦笑いを浮かべていた。
そして捺波の元には雷鬼の姿。背後から斎希や神流に殺気を当てられても、雷鬼はびくともしない。寧ろ内心『オレ、そんな真似したか?』と呑気に考えていた。
『捺波......っつったよな? 何か、悪かったな』
「...」
ふるふると首を横に振る捺波。どうやら、気にしていないのだろう。それぞれの謝罪が済んだのを見計らい、照姫はこほん、と咳払いする。
『して、七隊を束ねる責任者はどの者だ?』
「私だよ」
す、と前に進み出たのは、十六夜。照姫はフッと笑みを浮かべた。
『良い目をしてるな、うぬは。...これなら、心配無用だな』
「心配も何も、私たちは世界のあるべき姿をブレイカーから守ってるんだ」
『...あるべき、姿、か』
「......?」
照姫の表情が一瞬曇る。その表情を見て、事情を知っていた雷鬼と憑喪人形は顔を見合わせていたが、七隊は気づかなかった。
『では、ブレイカーを集めた場所行くぞ』
「集めた、だと?」
神流の言葉に、照姫や憑喪人形、雷鬼は頷いた。雷鬼はウキウキと楽しそうに言う。
『だってさ、久々の敵襲来ってやつだぜ?
身体を動かすのにちょうどいいし! たまーに刺激が無きゃ人生損するし! な? お前らもそう思うだろ?』
『...うぬは毎度毎度、刺激を受けてるではないか。お仕置きという名の』
呆れ混じりに照姫が言えば、雷鬼はそうだったなー、と屈託のない笑い声をあげた。
『...トコロデ、雷鬼クン、サポート、必要ナンデショ...』
「早く行かなくて、良いのですか?」
憑喪人形と斎希に言われて、彼らはようやく動き出した。
――一方、ブレイカーの集まった場所にて、彼等の激戦が繰り広げられていた。敵襲の群れに独り、飛び込んで斬りつけている亡霊剣士こと―凍吹は珍しく苛立ったように顔をしかめる。
『......キリがないな』
『あれ、亡霊どうしたの、その顔。キミらしくないね』
さらに凍吹に襲いかかるブレイカーに、どこからか火の玉が現れ、突如爆発した。小さな火の玉から想像つかない爆発音と共に、一瞬のうちに辺りが火の海と化す。
巻き沿いを食らった凍吹は、かなりのダメージを負ったが、す、と通常の無表情に戻る。隣に降り立ったであろう、爆発させた張本人の者に声をかけた。
『......空亡殿、かたじけない』
『ねえ、まだ来ないの? どこをほっつき歩いてるのあの問題児』
降り立った少年こと―空亡は、一体のブレイカーの身体を、幼い容貌から似つかわしくない、歪な黒い腕で握り潰しながら、聞いた。既にブレイカーが絶命しているにも関わらず、力を込めている様は、かなり苛立っている。
凍吹は目を閉じた。こちらに急速に近寄るいくつもの気配を感じとり、呟く。
『......もうすぐだ』
『あ、そう。後5秒以内に来なかったら打ち上げ花火でもあげようかな』
『......そうか』
無邪気な声でカウントダウンを始めた空亡を横目に、凍吹には止める術も力もなく、敵を少しでも減らすことに専念した。
―――――
『よっしゃあ! とうちゃーく!!』
「瞬間移動であっという間だったが」
『気分だよ、気分!』
「お前って、バカだろ」
冷静に突っ込む神流に対し、雷鬼はにかっと人当たりのいい笑みを浮かべる。そんな雷鬼に、燿はふよふよ浮きながら呆れたように言った。そんな燿を、獲物を捕らえる猫のごとくじっと見つめるのは、憑喪人形。
『......燿チャンハ、ユウレイ、ナノ?』
「いいえ、燿は浮いてるのが普通なのよ。それにしても、貴方、日本人形のつくも神なのね。これが終わったら、お茶でもしないかしら」
『エ......イイノ?』
斎希の言葉に、憑喪人形はカタリ、と不気味な笑みを浮かべる。傍らにいた双葉がそれを見て、青ざめていたが。
そんなやり取りに、ぱんぱん、と注意を引く十六夜。気合いをいれるように、ゴォッ!!と身体が炎に包まれる。
「さぁ、みんな、気を引き締めよう! 私たちの出番だ!」
「やれやれ...ようやくブレイカーたちとご対面か」
七隊がそれぞれ、身体を変型させたり、武器を構えるなか。捺波は一人、首をかしげた。
どういうわけか雷鬼の笑みがひきつっていた。照姫も、何かを感じとり、一段と険しい顔で彼方わ睨み付けている。一体、何に対して―。
『......雷鬼、一つ聞こう。奴を呼んだのかうぬは?』
『......いやぁ、だって、あいつ、こういうの好きだろ?』
『言い訳無用。後で覚えとけ』
照姫の一層低い声に、七隊は思わずぞっと寒気を感じた。憑喪人形はやれやれ、と360度首を回し、いつもの日常茶飯事の感覚で呆れている。
照姫は七隊に向かって、光の玉を放つ。それは彼らを温かく包みこんだ。
「? 照姫、これは...」
『ブレイカーの中に、うぬ等を移動させる。加護もつけた。思う存分、暴れてこい』
そう言って、照姫は何かを唱えた。七隊の視界がブレイカーの群れに変わる寸前、隕石のごとくに向かう火の玉が見えた。
捺波は思わず声をあげかけるも、景色が倒すべき相手の群れに変わり、七隊に緊張感が走る。捺波は気持ちを切り換え、目の前の敵を倒すことに優先した。
『...空亡殿、些か、やりすぎでは』
『別に。それに、どうも変わった輩が来たみたいだし』
爆発した方角を眺めて、凍吹は呟く。空亡は己の有り余った妖気を火の玉に具現化し、漂わせていた。
凍吹は、空亡の見やる方へ視線を向ければ、確かに変わった輩がいる。敵陣に突っ込み、次々と薙ぎ倒していく火の鳥と、閃光の姿。
「せぃやぁあああっ!!!!」
「どぉりゃあああっ!!!!」
彼等から発されたであろう掛け声が、此処まで聞こえる。そして、その向こうに視線をうつせば、陣地を築き上げていた。
そこに近づく敵は、無情にも氷漬けにされ、どこからともなく現れた波によって、退けられている。敵の数がだんだん勢いを失っていた。
『......あーあ、せっかくの獲物がどんどん減ってく』
『......味方、だろうか』
『おぅ、あいつ等は味方だぜ!』
凍吹の疑問に、能天気にも明るい声が答えた。その声に空亡は苛立ち、舌打ちする。
『ッチ、爆発死に出来なかったか......』
『ひっでぇ。つかお前さ、あいつ等を巻きこむなよ』
『誰のせいだと思う?』
『オレか! ......いててっ』
『......雷鬼殿、無事だったのだな』
スタン、と凍吹の隣に降り立ったのは、雷鬼。先程の爆発で、ダメージをかなり負っていたのか、着地を失敗する。凍吹に支えてもらい、何とか立ち上がった。その後から、照姫と憑喪人形がやって来る。
『ミンナ、無事ダッタノネ』
『げ。ガラクタも生きてた。うわぁ、最悪』
『...うぬという奴は...!!』
『照チャン、オチツイテ』
憑喪人形になだめられるも、照姫は睨み付ける。空亡は肩をすくめ、七隊に視線を戻した。そろそろ、敵の払拭作業が終わりそうだ。
『で、あいつ等に任せるの? あの軍隊』
空亡が聞けば、照姫は頷いた。
『あぁ。あれは彼等の専門だからな』
『ソウミタイネ。...照チャン、アノ子タチ、此処二、ノコッテクレソウ?』
『......いや、直ぐ出るだろう』
『ソウ...』
しょぼんと落ち込んだ憑喪人形。気持ちはわかる。余も、少し彼等と話してみたいが、そうはいくまい。七隊の創立者を思いだし、照姫は苦笑いした。そして、
「あ、いたぁー!!」
「照姫、賠償金もかねて報酬額いくらー!?」
「こら燿、けちらないの」
「隊長、騒がしい」
「「何だって!!?」」
「あ、あわわ、喧嘩はだめだよ!」
さて、七隊が帰ってくる。彼等の望むように褒美はたんとせねばな。