
とある天界へお土産を
八百界と似てまた非なる世界、天界と呼ばれる場所。そこに八咫烏はとある用事があったため、照姫からしばしの休暇をいただいていた。八百界の建物から離れは場所にある、水の湧き出る社。そこは様々な世界への繋がりにもなっている。ゆらりと現れたのは、この社の守り手である神社姫。
「八咫烏様。行き先はどちらへ」
「天界へ。泉水蛟神様と天焔光神様のいるところだ」
八咫烏がそう言えば、神社姫は深々とお辞儀し、道を譲る。社の門から淡い光が放ち、扉が開くように景色が変わっていく。
「では、いって参ります」
八咫烏は黒い翼をひろげると、その景色に向かって身を投げ出した。景色が閉じた後に、神社姫が一言。
「いってらっしゃいませ、八咫烏様」
ーーー
天界へ赴いた八咫烏は、澄んだ水がどこまでも広がる場所へたどり着く。辺りを見渡し、声をかけてみた。
「泉水蛟神様、いらっしゃいますか!」
声をかけてみたものの、しん、と辺りは静まり返っている。留守なのかと首をかしげていれば、がしっと肩をつかまれた。
「おう! 八咫烏じゃねぇか!」
「うわっ! ほ、焔様!?」
思わず素の声を出してしまえば、男は嬉しそうに八咫烏の頭をなで始める。
「よく来たなぁ~! 照姫ちゃんから何か使いでもあったのかぁ?」
わしゃわしゃと八咫烏を撫で回す男は、炎を司る神、天焔光神ーもとい焔。毛先が炎で燃えてるため、時々顔をかすめないか、謎に心配しているが、気にとめても仕方ない。八咫烏は改めて言った。
「天焔光神様、私は泉水蛟神様に用事がありまして…」
「おぉ? スイと話がしたいのか? 俺とも話してくれたって良いじゃねぇか」
「しかし、その」
「これ! 使いにそのように絡むでない!」
凛とした声に、焔はぱっと離れる。その声を発したのは、長く淡い水色の髪を三つ編みにまとめ、その毛先が水のようになっている女性ー泉水蛟神。つかつかと焔に歩み寄ると、錫杖でごつん、と焔の頭を叩いた。
「いてっ! いやいや姫サン。この子の前でそれは控えた方がいいぜ?」
「何を言うか! すまんな八咫烏。焔が無礼をした」
焔が姫サン、と呼んだ泉水蛟神、もといスイは申し訳なさそうに頭を下げる。八咫烏は慌てて言った。
「いえ、お気になさらず! お顔をおあげください」
「して。余に何のようだ、八咫烏」
スイが尋ねれば、八咫烏は持っていた品を差し出す。
「はい。照姫様からこちらを預かってまいりました」
「……これは?」
「照姫様が、海妖商店街にて買ってきたお土産です」
「お土産? …照姫は出られぬ身と聞いていたが…何かあったのか?」
スイの指摘に、八咫烏は思わず顔が強ばってしまう。しかし相手は神だ。嘘はつけない。八咫烏は深いため息をついて白状した。
「…八百万の民が、不祥事を起こしているとの話を聞きつけ、照姫様自らが赴く状態になった際に、そこで…」
「お? 八咫烏、お前さん意外とちゃっかりしてんな?」
「あ、いやその。照姫様から自由時間をいただきましたので…」
「…全く、照姫もちゃっかりしておるな…」
スイの含んだ笑みに、八咫烏は乾いた笑いしか出てこない。八咫烏は言った。
「まぁ、私たちがこういうことをしてしまうと、八百万の民にも影響が出てしまうのも、無理ないですよね…」
「そうかあ? お前さんの問題でも、照姫サンの問題でもなさそうだけどなぁ」
焔の言葉に、八咫烏はきょとんとする。どういう意味ですか、と聞けば、スイが言った。
「八百万の一部に、どうも怪しいものが紛れておるな。そなたが入ったときに、不純な気配を感じてな」
「……それは……」
「身に覚えはあるか、八咫烏よ」
スイに言われ、八咫烏は考え込む。そういえば、不祥事を起こした八百万の民を地獄へ連れていったとき、八百万の民はずいぶんと暴れまわって、傷を何ヵ所かつけられた。……が、それくらいである。
しかし傷が未だに癒えてないのも事実。八咫烏は深々と頭を下げた。
「……申し訳ありません。身を清めてからお伺いをするべきでした……」
「ふむ。それくらい、余がしてやる」
スイが錫杖でとん、と水面をつけば、八咫烏の身体を澄んだ水が包み込み、傷口が塞がれていく。スイが再び錫杖でとん、と突くと、パシャんと水音を立て、八咫烏は解放された。傷がすっかり塞がり、八咫烏の顔はぱっと明るくなる。
「あ、ありがとうございます泉水蛟神様! 何とお礼いえばいいのか……!」
「八咫烏、肩の力を抜けって。ここでは俺たちを焔とスイって呼んだっていいんだぜ?」
「余は反対だ」
「泉水蛟神さまがこうおっしゃいますので…」
「ははっ。まぁ照姫とスイは似てるもんなぁ」
「どこがだ、全く…」
はぁ、とため息をつく様は、八咫烏から見れば、主人の仕草とそっくりに映る。言えばきっとまたため息をつかれそうなので、己の中にしまっておいた。
「では、私はこれにて失礼します」
「待て」
「!?」
スイの錫杖が、八咫烏の錫杖をつき、思わず八咫烏は身体を縮こませる。また失礼をしてしまったのかと不安に思ったが、そうではなかった。
「そなた、余にこれをやると申しておるが、流石に一人では食いきれぬ」
「え?」
「ははっ、その反応を見る限り、中身は知らないで持ってきたな?」
焔のにんまり顔に、八咫烏は嫌な予感がするも、すでに肩を組まれてしまい、逃げられない。
「まさか、ご一緒に、と…?」
「当たり前じゃねぇか。お前さんは真面目なんだ。たまには気を抜けよ」
スイが包みをひろげてみれば、色とりどりの金平糖だった。どうやら、照姫がこっそり行った店にあったに違いない。それはおいといて。
「わ、私はご遠慮します。お二方と共になど、とてもとても…」
「いいんだよ。こっちは。お前さんを疎ましく思う奴はいないからさ」
「っ! ……しかし」
「八咫烏よ。照姫から休暇をいただいたのだろう。ここでしばしの間、ゆっくりくつろぐと良い」
「……っ、ありがとうございます、焔様、スイ様」
八咫烏は改めて跪くと、二人に深々とお辞儀をしたのだった。
【おまけ】
照姫「八咫烏はちゃんと休めてるだろうか…」
玉兎「だいじょうぶでーすよー。八咫烏も休憩しないとぉ。ましてや八百万の民から疎まれてるんですから。ああ見えて、堪えるものは堪えてますからねー」
照姫「……玉兎もすまないな。読の護衛もあるというのに」
玉兎「いえいえー。読さまからの指示もありましたしー。……にしても、八百万の民、悪目立ち多すぎませんかねー? 地獄の方で何か異変でもあったんですかねー」
照姫「ふむ…一度会いに行ってみねば、何とも言えぬ」
玉兎「うげ。会いに行くんですー? 今話しかけると怒号がとびますよー?」
照姫「会わねばならぬ、八百界のためにも、致し方ない」
玉兎「……めちゃめちゃ怒られても、知りませんからねー」
ーーー
スイ「それにしても、随分あるな…」
焔「これほとんどの種類買い占めたもんじゃないのか?」
八咫烏「申し訳ありません…照姫様は滅多に外にでない上に、買い物感覚が少しばかり…」
焔「苦労してんなぁ。おつかれさん」
八咫烏「私よりも、照姫さまの苦悩に比べれば軽いものです」
スイ「人の苦悩など、比べるものでないぞ。そなたの悪い癖だ」
八咫烏「…はは。主人にもそう、言われました」
焔「やっぱり、姫サンと照姫サン、似てるよなぁ」
スイ「む。どこがだ。言ってみよ」
焔「そういうところだよ、なあ八咫烏」
八咫烏「…ええ、そうですね。芯のあるところが、お二方の共通点です」
スイ「む、そうか。…まぁ、悪い気はしない」
焔「ははは、姫サンも素直じゃないなぁ。
ま、とりあえずは食べようぜ。八咫烏も遠慮なく食えよな」
八咫烏「はい。泉水蛟神さまも、遠慮なく食べてください」
スイ「あぁ。そうしよう」
【感想】
相互でお世話になっているみのむし様から、私の大学卒業祝いに小説をいただきました!
前々から八咫烏君が大好きで、焔にわしゃられてほしいなあと思っていたため今回神様組と一緒にリクエストさせていただいたのですが、まさに私が求めていたやりとりで…!
焔に絡まれてわしゃられて困る八咫烏君と、それを強めにたしなめる(るび:ぶっ叩く)スイというこの構図だけで、白飯三杯いけるというものです()
そして、今回直接の絡みはないものの神様組にお土産を送ってくださる照姫様…大好きです。
みのむし様、この度は素敵な小説をありがとうございました!